美しい時代劇への挑戦

『散り椿』は2009年の『劔岳 点の記』、2014年の『春を背負って』に続く木村大作監督の第3作。『春を背負って』撮了後から企画を考え始めた木村監督は、150冊を超える時代小説を読み漁った。彼はかつての日本人が持っていた生活や心情に惹かれ、また何かを行うときには死を決意しても、前へ進もうとする侍の生き方に共鳴して、次なる作品に時代劇を選んだ。思えば木村監督はキャメラマンのときから、厳寒の冬山や南極大陸など厳しい自然の中に身を置いて、大げさではなく“命を懸けて”作品に取り組んできた。困難を一つ一つ乗り越えて映画を完成へ導いてきたその生き方は、彼の考える侍の精神性にも通じる。また今回の葉室麟による原作には、男女の心の美しさが描かれていて、中でも主人公・瓜生新兵衛が言う「大切に思えるものに出会えれば、それだけで幸せだと思っております」という言葉に感銘を受け、監督は映画化を決意したという。

2015年に映画『散り椿』は動き出したが、まず脚本作りが始められた。これまでの2作品では、木村監督自身が最初に脚本を書いていったが、今回は初の時代劇ということもあって、独特のセリフ回しを書き込むのが難しい。そこで野上照代女史(元 黒澤プロダクション・マネージャー)を介して葉室麟の「蜩ノ記」を映画化した小泉堯史監督に、執筆を依頼した。以前から木村監督と交流があった小泉監督は、「木村さんを応援するためにちょっと原作をまとめてみます」ということで、長いシノプシスを書き起こした。その出来栄えに感動した木村監督は、脚本も手掛けてほしいと頼み込み、小泉監督は第1稿を仕上げた。これに木村監督が手を加えたものが、本作の決定稿になっている。

身の危険を顧みずに、亡き妻・篠の遺言を受けてかつていた藩へ帰ってくる侍・瓜生新兵衛。この役を演じるためには剣の腕もさることながら、寡黙な中にも妻や友への想いを感じさせる“人の心”が大切。木村監督の中にあった人物のイメージは、セリフを言わずに映像で人の想いを体現した名優・高倉健である。多くの作品で一緒に仕事をした高倉健のような、人の心に訴えかけてくる俳優は、今の映画界だと誰なのか。キャメラマンとして参加した、映画『追憶』(17)の現場で、木村監督は岡田准一と出会った。相手がしゃべっているときのジッと話を聞いている岡田の姿に、高倉健にも通じる“受け”の演技の素晴らしさを見た木村監督は、この映画の撮影後に『散り椿』への出演を打診した。岡田准一は、「美しい時代劇が撮りたい」と77歳を超えて新たな作品にチャレンジしようとしている木村監督の熱意に打たれ、出演を決めた。彼のキャスティングが決定したことで、原作では40代の中年男だった新兵衛始め、主要人物の年齢設定は全体的に若返り、妻の篠役に麻生久美子、親友・榊原采女役に西島秀俊、義妹・坂下里美役に黒木華、義弟・坂下藤吾役に池松壮亮と、キャストが決定していった。また石橋蓮司や富司純子、奥田瑛二といった名優たちも顔を揃える豪華な出演者が集結したのである。

オールロケーションへのこだわり

1958年、18歳で東宝撮影所に撮影助手として入社した木村監督が、初めて就いた撮影現場は黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(58)だった。以来映画人生60年。木村監督の中には、黒澤明監督の現場とその作品が自分の原点として刷り込まれている。宿場町を丸ごとオープンセットで作った『用心棒』(61)に代表されるように、黒澤監督は自分の作品世界を表現するために、徹底してリアルなセットを作り上げた。黒澤監督に敬意を表しながらも、自分ならではの時代劇をどうすれば作れるのか。木村監督が最も得意とするのは、本物の場所へ行き、そこでしか体感できない自然と向き合って撮影することだ。『劔岳 点の記』では、明治期の測量隊が前人未到だった剱岳の測量をした過酷な作業状況を再現するため、実際に撮影隊は2年もの歳月をかけて剱岳と周辺の立山連峰に登った。これを『散り椿』に当てはめれば、寺や建物など実際の建造物や自然を活かし、オールロケーションで撮影されている。黒澤監督が本物を作ったのなら、自分は本物の場所へ行って映画を作る。それが木村監督の決意だった。ただ既存の建造物を使ったオールロケーションでは、セットのように壁の取り外しなどが出来ないため、キャメラ・ポジションが限定される。映像の見せ方の自由度を捨ててまで本物を使用することにこだわったところに、映画監督としての木村大作の覚悟を感じる。

ロケーション撮影は富山県を中心に、臨済宗国泰寺派の大本山である国泰寺を始め、今回唯一のロケセットを敷地内に建てた国指定の重要文化財・浮田家、長野市松代町の文武学校、滋賀県の彦根城などで行われている。中でもポイントとなったのが富山県にある国登録有形文化財の「豪農の館・内山邸」。ここは榊原采女が暮らす榊原家として使われたが、映画で観るとその庭にはタイトルにもなった散り椿の花が咲いている。だがこの散り椿にたどり着くまでが大変だった。通常、北陸には散り椿の木がないと言われていたため、木村監督たちはその木を求めて各地でロケハンを行った。京都に散り椿がある場所を見つけたが、そこで立ち回りの撮影をすることが難しかった。やがて内山邸の裏に、散り椿の木があることが分かった。願ってもない幸運に喜んだが、木の生えている場所から撮影する表の庭へ、木をそのまま運んで移植するのは途中の門などが邪魔になり、難しいことが分かる。そこでクレーンで木全体を釣り上げ、建物の裏から表まで、家屋を空中で飛び越えて庭へと移動させることにした。散り椿の引っ越しひとつとっても、繊細かつ大変な労力がかかっているのである。また映画では赤や白など様々な色の花が咲いている散り椿だが、花の季節と撮影時期が合致しないため、花は一つ一つ手作業で木に付けられた。木村監督が撮影のために、木に椿の花をつけるのはこれが初めてではない。木村監督は23歳の時、黒澤監督の『椿三十郎』(62)にも加わっていて、この時も黒澤監督始めスタッフ総出で椿の花をつけた経験がある。ただ今回のこだわりとして、「椿の花を上に向けて付けてくれとお願いした。太陽に向かって咲く花を表現したかったんだ。これは黒澤さんでも徹底できなかったことだね」と木村監督は語っていた。

キャメラから見据える美術の在り方

木村監督と三作目のコンビとなる美術の原田満生は、撮影でキャメラの一つも担当している。「キャメラを覗くと俳優は勿論メインですが、背景の美術も含めて一つの画になるのがよくわかる。その全体の空気を感じた上で、映画としての“本物”とは何かを監督は僕に考えてほしいんだと思うんです」。つまり木村監督はそこにある山や竹林をそのまま撮るのではなく、観た人が“本物”を感じる画を作り出したいのだ。「そのために木村さんは俳優のコンディション、天候、そして映画全体の流れやリズムも考えて、キャメラに“本物”がどうすれば写るのかを考えている。そこに監督独自の美意識を感じます」。

監督が思う“本物”に近づくため、美術的には画に写る物のバランスを考えたという。例えば今回唯一ロケセットで建てた坂下家。その襖絵を画家・塙雅夫に頼むとき、原田は特別な注文をした。「木村さんの撮り方が分かるので、俳優のアップを狙った時、背景の花や竹の襖絵が俳優の顔や頭に被らないように、描く物の高さや位置まで細かく指示しました。画の中で邪魔にならない美術。それを心がけましたね」。キャメラを覗く美術担当だからこそわかる映像効果。そこにも注目していただきたい。

誰も観たことのない殺陣を求めて

木村監督はこの映画を作るにあたって、旧作から新作まで百本ぐらいの時代劇を観たという。それは初めて時代劇を監督するための研究という意味もあったが、今までにない時代劇の表現とは何かを模索するためでもあった。中でもこだわった一つが殺陣である。殺陣師の久世浩に注文したのは、「今まで見たこともないような殺陣」を創造すること。

昨年5月のクランクインに向けて、2月から毎週殺陣の稽古が続けられたが、岡田准一によれば一度に7~8時間ぶっ続けで稽古したこともあったという。岡田准一はカリ、ジークンドー、USA修斗と三つの武術と格闘技のインストラクター資格を持ち、アクションを体現できる俳優の一人として知られている。その彼が久世の考えてきた殺陣の形を稽古し、家に帰って自分なりにそのアレンジを考え、次の稽古では最初の形を変化させていくという流れで稽古は進んでいった。撮影初日に話を聞くと、彼は時代劇が伝統的に作り上げてきた見せる殺陣と、武術家が観ても納得できる理にかなった“武”としての殺陣のバランスを考えて、今回の殺陣を作り上げていければと言っていた。その彼流の殺陣が形を表したのが撮影初日。長野市松代町の文武学校で、久々に故郷の剣術道場に帰って来た新兵衛が、柳楽優弥扮する道場主に剣の腕を振るう場面が撮影されたが、その撮影がすべて終わった後に、新兵衛が一人道場で朝稽古を行う、翌日のシーンのリハーサルが行われた。脚本には「新兵衛、静かに、居合を抜く。裂帛の気合。朝日が差し込み、新兵衛の姿を美しく映し出す」とある。ただこのシーンで新兵衛がどんな動きで稽古をするかは、決まっていなかった。そこで木村監督は岡田に「やって見せてよ」と言った。剣を抜いて構えた岡田は、そこから刀をないだり抱え込むようにしたりと、動きに変化を持たせながら流れるような剣舞を披露した。木村監督だけではなく、その場にいたスタッフ全員が手を止めて、彼の動きに見入った。岡田の動きはあまりにも美しく、そこから漂ってくる雰囲気は何かを耐え忍んでいるようにも見え、それでいて厳しさを感じさせる剣の舞であった。岡田が一連の動きをやめて、「どうですかね」と監督に問いかけたとき、約10分が経過していた。木村監督はその時、今回の殺陣の明確な方向性を見つけたと思ったのだろう驚きと喜びと興奮を隠せない表情をしていた。すぐさま岡田の動きの中でどこを使いたいかを説明し出し、翌日の本番に向けてキャメラ・ポジションを決めていく。後で木村監督に話を聞くと、「通常の殺陣師は、形で立ち回りを作ろうとする。でも岡田君は俳優だから、精神で殺陣を考えている。そこが違うんだ」と、岡田の独創性を絶賛していた。

実は岡田准一は前作『追憶』で初めてキャメラマン・木村大作と対したときに、撮影が終わって後悔したという。それはもっと自分のすべてをぶつけていけばよかったということだった。自分が何をやっても、木村大作はその全部を写しとってくれる。その総てを受け止めてくれると前作で体感できた岡田は、『散り椿』に入る時、今回は木村監督と〝セッション〟するつもりで撮影に臨むと言った。それは自分はやりたいこと、やれることをすべて監督に見せる。その岡田のアプローチをどんな映像で木村監督が切り取ってくれるのかを、“セッション”のように楽しみたいということだ。よく監督が言う指示を叶えるのが俳優の仕事だというが、彼と木村監督の場合はお互いの才能をぶつけ合い、そのセッションから新たな何かを生み出そうとしていたのだ。この一人稽古のシーンは、まさにそのセッションの幕開けであった。

ここから殺陣は、日々変化していった。その一つが、新兵衛と榊原采女が椿の木の前で対決する場面である。新兵衛は亡き妻が采女に想いを寄せていたことを知っていて、「采女様を助けてあげて」という妻の遺言に従って、城代家老の石田玄蕃に立場上追いつめられていく采女を何とか救おうとしてきた。しかし采女は切腹させられそうになってしまう。そこで友情を感じながら、妻に対する想いもあって采女への複雑な気持ちも抱えて、新兵衛は采女が切腹させられる前に、彼との一騎打ちをしに来るのである。かつては同門で四天王と謳われた二人。その彼らが死力を尽くして、己の剣技を振るう場面だ。朝、現場に入った岡田は殺陣師と自分が考えてきた動きを確認していく。それまで稽古してきたものとはかなり違った形の殺陣を、彼は考えてきたのだ。続いて登場した西島は、岡田の考えた動きに一瞬驚いた。自分がこの場面に向けて完成度を上げるべく稽古してきた動きが、大きく変わっていたからだ。だが岡田のアイデアの面白さに惹かれた西島は、すぐさま岡田と共にトレーニングを開始した。椿の木の前でかなり腰を落とした二人が、間合いを詰めて対峙する。通常の一騎打ちでは、刀を構えて相手に斬られる間合いの中へ入らないように位置取り、対戦者と向き合うが、ここで岡田と西島は相手と1メートルもない近い距離で向き合う。つまり最初から刀を振るえば、必ず相手を斬れる距離で対決するのである。その状態で攻撃してきた岡田の腕を西島が止め、手首を返して今度は彼が岡田の首筋を狙う。大きく刀を振ったり払ったりするのではなく、最小限の動きで相手の急所を厳しく狙っていく動きだ。しかも二人の間合いが近くて動き自体が速いため、タイミングがずれると危険でもある。一連の動きを西島が習得するために、約30分間トレーニングは続いた。やがてリハーサルに入る直前、岡田が小刀を差そうとして、グイッと腰に押し込んだときに小刀が鍔元から折れた。「ごめん、気合が入りすぎちゃった」と彼は言っていたが、二人からはものすごい緊張感が漂っていた。通してリハーサルを行ったが、対決後の芝居部分まで含めて7分50秒、彼ら二人は動き続けた、結局完全に1カットで撮るのは難しいと監督が判断して、いくつかのカットに割ることにしたが、対決部分は一気撮り。本番では二人の後ろで、散った椿の花が風に吹かれて地面を這うように飛んでいく。その前で片時も休まず続く、二人の攻防。「カット」の声がかかると、その場で観ていた全員の「フーッ」と息を吐く音が聴こえるような、緊迫感あふれる殺陣が一発で決まった。殺陣師の考えた形を基本に、独創的な動きを創造した岡田も凄いが、それをこの短時間で習得した西島の対応力も見事というほかない名場面が生まれた。

日は変わって7月初旬。雄山神社の鬱蒼とした杉並木が取り囲む石畳の中で、新兵衛と采女の二人対石田玄蕃一派との最終決戦が行われるクライマックスが撮影された。奥田瑛二の石田玄蕃は藩の政権を我が物にするため、邪魔な采女を取り除こうとし、手勢を連れて上意討ちに向かう準備をする。その動きを察した采女と新兵衛は、玄蕃たちが集結している神社へ自ら乗り込んでいくのである。左右に木が生い茂る一本道を新兵衛と采女が進んでいくと、その途中で玄蕃の手の者が斬りかかってくる。このとき歩きながら采女が一気に4人を斬り倒すのだが、一人を横に払って切り、2人目を上段から斬り倒し、返す刀で3人目の首をなぎ、そのまま歩きながら4人目の胸を片手で刺すまでを、一連の流れで行っていく。3人目の首をなぐところでは、対する相手ではなく、道の突き当りにいる玄蕃に怒りを向けながら刀を振るい、その表情には剣の達人としての雰囲気と何としてでもこの場ですべての決着をつけようとする采女の決意が現れている。この4人斬りの場面では、斬り進む采女を横で新兵衛がサポートして隙のないような連携を見せるのだが、ここにたどり着くまでに殺陣師と岡田は、かなりミーティングと練習を重ねた。少し前に岡田が別の場面を国泰寺で撮影したときに、その日に出番がない殺陣師たちと国泰寺で、このクライマックスの殺陣の稽古を国泰寺の駐車場で始めたり、常に殺陣を変化させてきた。それがどんな形に結実したかは映画本編を観ていただきたい。

木村監督が描くラブストーリーとは?

『劔岳 点の記』では自分たちが成すべきことを叶えるため、一歩一歩前へ進む男たちの姿を、『春を背負って』では不思議な縁によって山小屋で共に働くことになった男女3人が、疑似家族のような絆で結ばれていく姿を描いた木村監督。本作『散り椿』では、自身初となるラブストーリーに挑んでいる。新兵衛は亡き妻・篠の遺言を叶えるために行動していくのであり、彼の中には常に篠への愛がある。その新兵衛を密かに慕い続けているのが、義妹・里美。そして新兵衛の親友・采女はかつて篠と結婚しようとまで思っていた男で、主要人物たちには叶わぬ想いがそれぞれにある。木村監督は原作に書かれた「大切に思えるものに出会えれば、それだけで幸せだと思っております」という言葉に惹かれたというが、各々の愛が叶うか叶わないかというよりも、自分が愛を傾ける人と出会えたことの幸せを、監督は映画の中に描きこもうとした。木村監督自身、黒澤明監督、高倉健、森谷司郎監督、深作欣二監督、降旗康男監督など、人生の節目で大切な人と出会ったことで、自分の映画人生がここまで来たと実感している。そんな思いを登場人物たちに重ね合わせることで、木村流のラブストーリーを生み出したのだ。

長年木村監督と一緒に仕事をし、今回は監督補佐として参加した宮村敏正は、木村監督の描く女性たちには、監督自身の憧れが反映されているという。その憧れとは、男の想いを汲み取ってくれる女性像だ。これまで3作品に登場する木村作品の主人公は、自分がやるべきことを黙々と実直に行う、真っ直ぐな生き方しかできない不器用な男たち。彼らは多くを語らないが、決して仕事一本槍の人間では無く、胸の内には愛する人への一途な思いで溢れている。その純粋な気持ちを持ち合わせた男と、彼の想いを汲み取ってくれる女性の心と心を、木村監督は映像によって表現しようとしている。例えば先に挙げた新兵衛の朝稽古のシーンには、在りし日の篠のイメージカットを稽古の中に挿入して、新兵衛の中に篠の面影が生きていることを強調している。木村監督は「美しい時代劇を作りたい」と言ったが、その美しさとは自然や昔の日本人の佇まいを映し出す映像だけでなく、彼らが持っている心の美しさも意味しているのだ。そんな純化された男女の心を際立たせるため、原作では未亡人になっていた里美を、映画では未婚の女性に設定して、新兵衛への一途な気持ちを強めている。演じる黒木華も「それで里美の気持ちがはっきり見えると思いました」と語っていた。

人と人のつながりこそ、木村流の演出

木村大作はキャメラマン出身の監督だけに、映像の素晴らしさを称えられる。一方で芝居に関しては、映像の構図に関わる俳優の立ち位置などは指示するが、芝居に関してはさほど細かいことは言わない。では演出をしていないかと言えばそうではなくて、木村監督は俳優と精神的に共鳴することで、同じ方向を向いているかどうかの確認作業を繊細に行っている。撮影合間の休憩中のちょっとした会話や、喫煙所でたばこを吸っているときの雑談など、彼ほど俳優とざっくばらんに会話をする監督はあまりいないだろう。

その最たるものが撮影期間中、毎日のように行われる俳優たちとの夕食会である。この夕食会は『追憶』の撮影時に、数々の木村大作伝説に興味を持っていた岡田准一を木村監督が撮影後に誘ったことから始まったもの。その日から木村と岡田を交え、共演者たちの夕食会が連日続くようになった。この夕食会で木村監督は今撮っている映画のことは勿論、伝説となっている過去のエピソード、自分の人生観など、自分自身をさらけ出して語っている。その垣根のない人柄に触れた俳優は、年齢差を超えて映画を介した人と人との付き合いが深まっていく。『劔岳 点の記』以降、木村監督を公私にわたって追い続けているメイキング・ディレクターの大澤嘉工は「あの夕食会が、木村さんの演出のひとつだと思うんです。一緒に食べて話すことで、お互いが何を考えていて、どんな人間かもわかる。そこでわかりあえたことが、撮影にうまく作用していると思うんですよ」と言う。

また大澤によれば「今回の現場では、朝に木村さんがキャメラのセッティングをしていて、そこに俳優が入ってきますよね。それでまず俳優にどうやりたいかを、やらせてみる。それが良ければ、木村さんは最初のセッティングを全部変えて、俳優のやりやすい状況に合わせることが多かった。だから木村さんと初めての俳優さんも、自分の芝居を尊重してくれる木村さんに信頼を持てたと思うんです」と、現場の雰囲気を語ってくれた。

里美役の黒木華は木村組が初めてだったが、自分の初日の前日にロケ地の富山入りし、現場を見学した。その日は賊に襲われた石橋蓮司演じる田中屋惣兵衛から、岡田演じる新兵衛が大事な起請文を預かる場面が撮影されていたが、ここでは最初、二人はあまり動かず会話をするだけだった。だが岡田の発案で新兵衛は惣兵衛の周りを動き、刀で地面を叩いてちょっと脅してみせる仕草も入れることになった。その俳優から出たアイデアを、すぐに拾って反映させる木村監督のやり方を、黒木華はジッと見つめていた。翌日から彼女の撮影が始まったが、気持ちの流れに嘘が無ければ、時代劇特有の所作を崩してもいいというのが木村監督の考え。「今まで出演してきた時代劇では所作を大事にする方が多かったんですが、木村さんは所作より気持ちを大事にするところが新しいと思いました。大筋を外れなければ、何をしても面白いと思ってくださる方です」と黒木華は、木村流のやり方を楽しんでいた。

最後にやはり、木村監督のキャメラ・ワークについて触れておこう。日本映画を代表する名キャメラマンでもある木村監督は、複数のキャメラを使って一つのシーンを一気に撮影する“多重キャメラ”の手法を得意としている。一発勝負に賭けるため、撮った映像を確認するモニターは絶対に置かない。これは多重キャメラを多用した黒澤明の現場を若い頃に経験したことや、ただ一度の本番に気力のすべてをぶつけてくる高倉健のような俳優と仕事をしてきた経験が大きい。また木村監督にはカットを割らずに撮ることが出来れば、それが俳優にとっても一番いいことなんだという持論がある。そのためには一度の撮影でシーン総てを撮りきるための繊細なセッティングが必要なのだが、撮影が始まってしまえば、これほど時間がかからない撮影法はない。

例えばオープニングの新兵衛が雪の中で3人の刺客を相手に立ち回りを見せる場面では、撮影時期が5月だったので雪はなく、地面に塩をまいて雪に見立てている。木村監督の場合、縦の構図で望遠レンズを使って対象物を狙うため、この塩の雪もかなり広範囲に撒かなくてはいけなかったが、朝から始めたセッティングは午後1時くらいには終わった。ただこの日の気温は31度で快晴。冬の暗い空の感じを出すことができない。そこで俳優とスタッフはジッと夕暮れになるまで待っていた。午後4時半過ぎに雪降らしのリハーサルが始まり、岡田准一を狙う4台のキャメラが回ったのは日没寸前の午後5時50分。そして本番の撮影は、午後6時に終了した。撮影時間は正味10数分。その一度にすべてをかけるのが木村大作の撮影である。

今回は基本的に常時3台のキャメラを回し、多い時には5台を使った。宮村敏正によれば「前は多重キャメラでやっても、場合によっては2、3回キャメラを回していたんです。でも今回は、1回で終わらせることが多かった。1回にかける気持ちが強くなってきているし、その撮影法がより研ぎ澄まされて進化してきている感じがします」とか。大澤嘉工は「木村さんは1回でやることで、俳優やスタッフにプレッシャーをかけている部分もあると思うんです。同時におそらく、みんなをビックリさせたいという気持ちが強いと思う。それは一気に撮りきる撮影の仕方もそうだし、仕上がった映像もそうなんですよね。多重キャメラで撮っているから、編集をすると各々のキャメラの素材を使ってカットを割っているわけです。その素材が繋がった時に出来た映像を見せて、現場にいた人たちもビックリさせたい。そのことも含めて、本当に映画作りが好きな人だと思うんですよ」と語る。一発勝負に賭けた映像から、どんな美しい時代劇を木村監督は生み出したのか。それは、皆さんの目で確かめてほしい。