監督・撮影 木村大作 インタビュー

『散り椿』は木村監督の企画ですね?

『春を背負って』が終わってから、現代劇も含めていろんな企画を考えていたんです。その中で時代劇に傾いていったのは、時代劇の精神性が好きなんですよ。戦国から江戸時代に生きていた人は、自分から言い出して何か事を起こすときには、失敗したら切腹しなければいけない。そういう覚悟を決めて仕事に取り掛かるという精神性は、俺が映画を作ろうと思った時の気持ちにも通じるんです。最初の監督作『劔岳 点の記』がまさにそうで、これが失敗したら映画界を去ろうと思っていた。まあ、それが上手くいったので今があるんですけれど(笑)。

それで時代劇を作ろうと思ったんですが、俺がやるのなら基本的にはオールロケーションで、〝本物の場所で撮る時代劇〟にしたかった。それに合う題材はないかと時代小説を150冊くらい読みました。そして出会ったのが葉室麟さんの「散り椿」だったんですが、この作品に惹かれたのは女性たちが物語の芯にいることですね。中でも映画では黒木華さんがやった里美と主人公・新兵衛とのラブロマンスをやれると思った。岡田准一君にも「これは里美とのラブロマンスなんだ。妻の篠のこともあるけれど、彼女は亡くなっている。これからのことを考えたら、新兵衛と里美の愛が中心なんだ」と最初に言いました。チャンバラもお家騒動もあるけれど、ラブロマンスを中心に置くことで新しい時代劇が作れると思ったんです。

もう一つ原作を読んで感じたのは、新兵衛が言う「大切に思えるものに出会えれば、それだけで幸せだと思っております」という言葉。僕の人生も振り返ってみたら、大きくは黒澤明監督と高倉健さんに、人生の節目で出会ったことで今があるんです。だからこの言葉に自分と同じ人生観を感じて、それも作るきっかけになりました。

これまでの監督作とは違って、脚本は小泉堯史さんが書いていますね?

イメージした順番で言うと、時代劇でチャンバラをやろうと思った時に、浮かんだ主演俳優が岡田准一君でした。そのときは彼に会ったことがなかったけれど、彼が出演した作品を観て、体の動きが素晴らしいと思っていましたからね。次に脚本をどうするかと思った時に、時代劇は独特の言い回しもあるし、できれば小泉堯史さんにお願いしたいと思いました。でも小泉さんは他人の監督作品の脚本は絶対に書かないことを知っていたので、ノンちゃん(野上照代/元 黒澤プロダクション・マネージャー)に「今度時代劇をやろうと思っているんだけれど、小泉さんに本を書いてもらいたい。どうですかね」と相談したんです。ノンちゃんは俺が映画界に入った時から黒澤明組のスクリプターをしていた先輩だし、小泉さんは黒澤組の助監督だったときから、ノンちゃんと親子のような関係ですからね。ノンちゃんはすぐ小泉さんに連絡を取ってくれて、小泉さんは何と4日間ほどで第1稿に近いロングプロットを書き上げてくれました。「こういうまとめ方なら、映画に出来るんじゃないですか」と小泉さんが仰るから、「ありがとう。それじゃあ第1稿も書いてよ」とお願いして(笑)。それで書き上げて下さった第1稿を基に、僕の思いも反映した脚本を使っているんです。小泉さんはチャンバラの部分を、一切脚本に書かない。どうしてかと聞いたら「黒澤さんだって、『椿三十郎』の最後の対決場面を“ここからは、とても筆では書けない”と言っているじゃないですか。大作さんもチャンバラは自分で考えられた方がいいですよ」と仰るので、チャンバラに関しては全部自分で書いたんです。

オールロケーションで時代劇を撮るのは難しいようにも思えるんですが、それが最初からの狙いだったんですね?

黒澤監督のように本物を作ってしまうというのは、相当お金がかかる話だよね。また俺の場合だったらもしお金があってもセットを建てるのではなく、その分は撮影期間を長くして、本当の四季を追ってじっくりと芝居を撮っていくだろうね。やはり自然と人間が一緒になることから生まれるリアリティ、そこから出てくる情感を大事にしたいんです。だからオールロケーションでやったんですが、前2作でもロケした富山県をメインに撮影しました。時代劇というと京都での撮影が多いけれど、京都の風景はやはり“雅”の趣を持っている。でも『散り椿』は地方大名の話ですからね。富山のような場所が似合っていると感じたし、これまでの時代劇にはない風景を見せることができると思いました。実際、完成した映画を観たキャメラマン仲間は、「新しい美しさのある時代劇だけれど、どこで撮影したの?」と聞いてきましたよ。撮影用の馬も富山県内で調達できましたし、題材と条件さえ合えば富山は時代劇の撮影に向いています。これからはあそこで撮る時代劇が増えるんじゃないですかね。

木村監督の時代劇の作り方を順に聞いていきたいのですが、
まず殺陣に関しては殺陣師の久世浩さんに「今まで見たことのない殺陣を考えてくれ」と言ったそうですね?

何か新しいものを、俺自身が見たかったんです。それで稽古が始まると久世さんはベテランだから殺陣の見せ方を、キャメラ・ポジションを含めて考えてきた。例えば斬る相手の体に実際は刀を入れていないのがばれないように見せるためには、ここでカットを割りたいと言うんです。俺としては斬られる人間は体の中に何か入れて、本当に刀を当ててもいいようにしたい。またキャメラ・ポジションは稽古の時から1点に決めて、俺はそこからジッと動かずに見つめていました。そうしたら岡田君は、俺が一つの方向から殺陣を割らずに1カットで撮るつもりだと分かったんでしょうね。みんなが悩んでいるときに、俺が「じゃあ、横のポジションからも撮ろうか」と言ったら、「いや大作さん、そのポジションで最後まで通してください」と岡田君が言って、1カットで撮れる殺陣を次の稽古までに考えて来てくれたんですよ。彼が考えてきた殺陣を見せてもらうと、理論的にも正しいんですね。また彼が言うには殺陣は斬った時よりも斬った後の形、つまり“残心”がとても大事で、武術の有段者はそこを観ると。だから残心が決まってないと、自分としては気持ちが悪いんだと言っていました。そうやって久世さんが始めに考えた基本の形を基にして、岡田君が自分の考えを入れながらアレンジして新しい殺陣を作っていったんです。また俺はこの映画を作るために過去の時代劇を百本ぐらい参考に観ましたが、特に最近の時代劇は斬って斬って斬りまくる、殺陣というよりもアクションのような見せ方が多い。それだと観ていて飽きてしまうし、嘘だと思うんです。瞬間の斬りあいをいかに際立たせて見せることができるか。それが殺陣だと思ったし、岡田君も同じように感じていました。俺が殺陣を1カットで撮って見せたいというのは、やはり黒澤監督の影響ですね。『用心棒』でも『椿三十郎』でも、黒澤監督は三船さんの殺陣を割らずに撮っていて、俺はその現場を実際見ていたんですから。でも岡田君は三船さんよりもスピードが速いと思う。また三船さんはスピードとダイナミックさはあるけれど、華麗さに欠けるんです。岡田君の動きは華麗なんだよね。そういう意味でも速くて美しい殺陣が出来たと思うんです。

他にも時代劇として、新しい試みをしましたか?

これまでの時代劇には様々な決まりごとがあるけれど、それに捉われないで自由にやっていこうと思いました。例えば所作に関しては、所作指導の人間をスタッフに入れませんでした。城中では確かに決められた所作が必要な場合があるけれど、家での日常生活では自然に動ける動きを優先して考えました。時代は違っても同じ人間ですから、行動や所作は大きく変わることはないと思っているんです。城中でも最後に池松壮亮君の藤吾が、殿に緊急の知らせを言いに行く場面ではお白洲を走らせていますからね。ああいう場所を走ってはいけないことは勿論知っているけれど、あれは1秒を争う緊急事態だから、その緊迫感を出すためにあえて走らせたんです。またカツラに関しても、かなり気を配りました。時代劇で一番気になるのは、侍が中剃りをしたカツラを被ったとき額に出る“羽二重”と地肌との境界線なんです。今回はその境界線がばれているところに関しては、全カット後からデジタルで直しています。またよく中剃りした侍の頭頂が剃り跡で青くなっている時代劇があるけれど、それはやめました。侍は登城するときに、毎日床山に髪を剃ってもらう。だから頭頂部分にはいつも日が当たっていて、中剃りしたばかりの若侍を除けば顔の地肌と色味は変わらないはずなんです。そういうことも含めて時代劇の決まり事ではなく、俺が考えるリアリティで全部やっているんです。

作品の柱となるラブロマンスの部分では、どんな見せ方をしようと思いましたか?

例えば冒頭で新兵衛が妻の篠(麻生久美子)と話す場面。篠は結核なんですが、ここは病気を忘れてラブシーンだと思ってやってくださいと言いました。それで岡田君が篠の麻生久美子さんに「どんな形を取りたいか」と聞いたら、岡田君が縁側に足を開いて座ったところに、麻生さんがもたれかかる感じで体を入れて預けて、凄く密着した形になったんです。これは時代劇に出てくる武家の男女にはあり得ない近さですよ。でも俺は互いの息が吹きかかるくらいの近さでこの場面を撮りたかったし、演じる二人もその感じをすぐに分かってくれました。江戸時代でも現代でも、こういう男女の愛の語らいは、誰も見ていない時と場所ならきっと同じだと思うんです。

また中盤で里美や藤吾と坂下家で一緒に暮らすことになった新兵衛が、家の前の竹藪で剣の稽古を終えて井戸端に来ると、里美が手ぬぐいを絞って、汗を拭こうとする新兵衛に手渡すところがある。このときテストをしたら、新兵衛が井戸から汲んだ桶の水をこぼし、里美が「ああっ」と少しうろたえた感じになったんです。それを見て俺は、本番でもそのままやってくれと言いました。里美は新兵衛を密かに思っていて、ここでは自分から彼に近づいて行くわけですよ。でも直接彼の体を拭くところまではいけない、もどかしい距離感。それがここで、うろたえた里美の感じに出ていると思ったんです。女性のそういう微妙な表現を、俳優さんたちが出してきたことから掬い上げていきました。

黒木さんなら清楚でしっかりしているというだけではない、胸の内に新兵衛への愛情を持っている里美の女性の部分もいい距離感で表現してくれると思いました。原作では里美は未亡人なんですが、映画では未婚で篠の妹という設定にしました。それで彼女は以前から新兵衛のことを憎からず想っていた。新兵衛もまた、その彼女の想いを感じているわけです。そういう関係性を表現するのは、この井戸端の場面のような二人の距離感だと思いました。だから二人の出てくるところはどれも距離感に神経を使っていますね。その距離感がラストでは一つのピークを迎えるわけです。

ここからは木村監督の演出について伺いたいんですが、今回は「美しい時代劇を作りたい」と言っていましたよね?

「美しい時代劇」というのは、単に映像が綺麗という意味ではないんです。人の心の美しさも表現したいと思いました。確かに映像的な狙いもあります。例えば富山でロケしたからには、背景に残雪の日本アルプスを見せたいと思って撮影時期を考えました。坂下家の庭先に見える竹藪も自生しているものの他に竹を足して、より美しい風景を狙っています。こういうことばかり言うとまた、木村大作はキャメラマンだけれど、演出家ではないと言われそうですが、では演出とは何なのか? 俺はキャメラマンとしていろんな監督の現場を見て来ましたが、演出家が演出をして、その通りになった日本映画は皆無だと思っています。凄い監督というのは演出をするのではなくて、俳優たちを自分が表現したいように仕向けている人です。深作欣二さんだってアクションに関しては色々言うけれど、心情に関しては俳優に一言も言わないです。もっと言わないのが降旗康男さんですが、あの人こそ本当に凄い監督ですからね。ではどうやって俳優を自分が表現したい風に仕向けるのか。俺の経験で言えば、役についてのことは俳優の方がよく考えていますよ。こちらから何も言わないで一度テストをしてみれば、それが分かります。それで岡田君の場合だと、彼は『追憶』で俺にキャメラで撮られる経験をして、「木村さんには嘘が通じない」と思っている。変に芝居をしても全部見抜かれると、『追憶』のときに肌で感じたんですね。だから今回は現場に来るときにいろんな余分なものを全部削ぎ落として、キャメラの前に立っていました。それができるのが岡田君の凄さでしたね。

俳優がそういう気持ちになっているというのは、キャメラの前に立ったとき、すでに木村監督に演出されているわけですね?

岡田君は前に仕事をしたからそういう意識で来たわけだけれど、西島秀俊さん、麻生久美子さんとは初めてなんです。西島さんには、「俺が俳優だったら、あなたがやる榊原采女を演じてみたい。采女というのは新兵衛の妻を想いながらもジッと我慢して生きてきた。また藩の中での自分の立場をわきまえている。その生き方に男を感じるよ」って言いました。あとは「殺陣だけはきちんとやってね」と注文を出しただけでしたね。西島さんが真面目だなと感じたのは、殺陣の稽古を誰よりも早く始めたんです。一人でもやっていたし、岡田君も交えて随分やっていました。麻生さんには、特別なことは何も言っていないです。でも篠を端正な感じで演じてくれたし、想像を超える美しい人だとキャメラを覗いて感じました。二人とも非常によくやってくれたと思います。

また自分で撮影もされる木村監督は、撮るときから編集も考えていますね。
その時点で俳優に対する演出以外に、映像の見せ方でも演出が始まっている気がしますが?

それはあるだろうね。俺は一度に何台も使う“多重キャメラ”での撮り方が多い。さっきの岡田君と麻生さんの会話の場面だと、二人の顔を同方向からだけではなく、裏からも狙っているわけですよ。すると俳優は、自分の寄りも引きも全部撮られていることが分かっているし、こちらもその映像のどこを使っても編集できると思って撮っている。それで俺の場合は二人が会話している場面だと、話をしている方ではなくて、そのセリフを聴いている方の顔を使うことが多いんです。最近のTVドラマで育ってきた監督は、しゃべっている人間の顔ばかり撮って、編集して繋ぐことが多いけれど、それだと説明的なだけで面白くない。聴いている人の顔の表情をそこで入れることで、セリフが観ている観客の中により入ってくることがあると俺は思っているし、セリフ自体も生きることが多いと思うんです。

そのときセリフの言い方などに、木村監督は特に注文をつけませんよね?

高倉健さんとは長い付き合いでしたが、あの人は一度もセリフを間違えたことがないんです。それが基本で、俳優は現場に来たらセリフが全部入っていると思っている。またその場で聴いて変な違和感さえなければ、セリフに関しては大丈夫だという意識があります。それよりも俳優の表情を大事にしたいんです。さっき言った新兵衛と篠の冒頭の場面で、新兵衛が妻に「苦労かけたな」というセリフを言うところがある。でも岡田君は、「大作さん、このセリフ言わなくてもいいでしょう」と言ってきたんです。俺は「この一言があると、観ている方が分かりやすくなるんだ。でも本当に言えないと思ったら、言わなくてもいいよ」と彼に言いました。本番になったんですが、岡田君の中で葛藤があったんでしょうね。スッと言うのではなくて、かなり間があってから脚本通りにセリフを言ったんです。それでこの場面の最後までやって、俺が「OK」と言ったら岡田君と麻生さんが顔を見合わせて、「大作さん、いいんですか?」というわけですよ。「OKだよ。人間の会話なんて、たまには人がしゃべった後に考えて、どう言おうかと思って間が空くことがあるじゃないか。そのほうが日常的だよ」と言って、その場は二人を黙らせました。でも完成したものでは、“間”が編集によって詰まっているんです。またちょっと間が空いても、そこに岡田君の言うことを聴いている麻生さんの顔を入れればいいだけですからね。多重キャメラで撮影することの良さはそこにあって、会話する二人の寄りの表情をどちらもおさえていることで、どんな編集もできるわけです。大事なのは、話を聴いている俳優の表情。このときは麻生さんがとてもいい顔をしていたから、編集でいけると感じたんです。

俺がそういうやり方を学んだのは、降旗康男さんからです。『あ・うん』(89)を撮影したときに、高倉健さんと友人の娘である富田靖子さんが、人を愛することについて喫茶店で話すシーンがあった。健さん演じる門倉は、富田さんの母親を長年想い続けていて、このとき「人が人を愛することは誰も止められない」と彼女に語りながら、自分の感情が膨れ上がってくるんです。そして、ここで健さんは涙を流し始めた。セリフの間が空くし、表現として少し感情が溢れ過ぎではないかと思いました。だから俺はキャメラから目を外して、降旗さんに「どうしましょうか」と無言で問いかけたんです。降旗さんは俺の方を見て、それからまた二人の芝居を観始めたから、このまま続けていいんだと思った。それで撮影が終わった時に、降旗さんに聞いたら富田さんの表情をジッと見ていたというんです。つまり涙を浮かべた健さんの表情は、もう十分だと。その健さんを見つめている、富田さんの“受け”の表情。それさえ大丈夫だったらいいんだって。なるほどなと思いましたよ。どう映像で見せるかという訓練を降旗さんの傍で俺はしてきたし、またこれは多重キャメラで一気に芝居を撮らなければ、できないやり方です。『あ・うん』では富田さんの“受け”の表情を同時に撮っているから、感情過多になっている健さんの芝居もOKに出来る。でもトータルに観ると、そのほうが絶対に俳優の芝居はカットを割って撮っていくより上に行くと思うんです。そういう多重キャメラの便利さはものすごくあると思うけれど、不便なのがライティングですね。同時に狙う対象がいくつもあるので、すべてに完璧なライティングをするのは難しい。でもそれも工夫次第で何とかなるし、俺らは芝居をよくするためにやっているわけでしょう。そっちを優先するのが、本来のやり方だと考えているんです。

映像の見せ方には、過去の経験が活きているわけですね。ライティングの話をしましたが今回は時代劇ですから、
自然な光の射しこみ方が必要で、人工的な光源がある現代劇以上に難しかったのではないですか?

だから夜の場面は2回しかない。後は日中か夕景で撮っているんです。また光を取り入れるということと、望遠レンズで奥行きのある映像を狙うということもあって、室内の場面でも襖や障子は全て開け放して撮っています。でも江戸時代はエアコンもないわけですから、そこで暮らしている人間は現代人よりも暑さや寒さに慣れていると思うんです。強く風が吹いていない限りは、襖や障子を開けていてもおかしくない。そのほうが映像的にも良くなるし、よく時代劇で襖の開け閉めをするところがあるけれど、それでテンポが遅くなる場合もありますしね。またライティングに関しては、トップにライトを点けるなと照明技師に言いました。今の時代、デジタルキャメラだとトップにライトを点けると、それだけで全部撮れてしまうし、照明技師もそういうライティングをやりたがるんです。でもそれは禁止にしました。しかも今回はオールロケーションですからね。室内シーンでトップからライトを当てられないとなると、何とかして外光を取り入れる必要があって結構大変なんですが、工夫してやってくれましたね。

表現の一つ一つに監督の時代劇に対するポリシーを感じますが、初の時代劇映画を作り終えた今の感想は?

やはり精神的に、自分に合っていると思いました。これまで自分の腹を切ろうかっていう状態を、俺は何度か通り過ぎて来ていますから(笑)。それが何とかなったから今も生き残っているんですけれど、実は一番行ってみたい時代が戦国時代なんです。俺だったら、ひとかどの武将になっている気がするんですよね(笑)。

現場を仕切って俳優やスタッフを動かしていく決断力や行動力は、まさに武将向きです。
それはともかく3作目になって、映画監督としても、さらに進化してきたように感じるんですけれど?

「大作さんは私たちを演出していないけれど、映画を演出している人だ」とある俳優さんが仰って下さった。あの言葉は嬉しかった。確かに僕は芝居に関して細かくいうわけではない。でも現場を楽しくして俳優さんやスタッフが、気持ちよくやりたいことがやれる状況を作ることに関しては、いろいろやっているんです。撮影期間中に俳優さんたちと一緒に夕飯を食べに行くのも、その一つですよ。今ではそれが恒例になってしまって、体力・気力的に大変なこともあるんだけれど、初めて俺の組に来た俳優さんたちはそれを楽しみにしている人もいるので、やめるわけにはいかない(笑)。でも飯を一緒に食べることも含めて、俺にとってはすべてが映画作りなんです。あらゆることが、俺にとっては映画を作ることに繋がっている。監督をやるたびに、その感じがどんどん強まっている気がしているんです。